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未来を照らす光 岡谷蚕糸博物館の未来

普通の繭は美しい丸みをおび、楕円や俵型をしている。たまたま2頭以上のお蚕さまがつくる「玉繭」はいびつな形で、糸が絡みやすいため、不規則に節ができて独特な味わいを醸し出す。このような玉繭による生糸を含め、今、シルクは新しいカタチを得て、私たちの暮らしを活きいきと彩り始めている。

未来を照らす光 – 岡谷蚕糸博物館の未来

シルクというと、何を思い浮かべるだろうか?着物、帯、和装小物。洋装でいえばスカーフやストール、ランジェリー。多くの人が実際に愛用しているのは、ほとんどがファッション関連のアイテムだと思う。日本人であっても和服を着る場面が減っている現代において、蚕糸業はどこを目指していくのだろう。

かつて世界を魅了し、「岡谷」の名を知らしめた生糸。中国産などの安価な原料に押されて生産量は激減し、今では希少となってしまった。そんな今、価値ある国産絹を継承して未来へと繋いでいくために、養蚕から製糸、製品化まで、すべてこの地で育まれる「岡谷シルク」のブランド化がスタートしている。

肌にやさしいインナーウエアや腹巻などの温活アイテム、風合いのある紬シャンタンのシルクマスク、絹の成分を活用したスキンケア製品など、時代が求めるカタチへと進化してきた絹製品。使い心地の良さはもちろん、燃やしても有毒ガスが発生しないうえ、土に埋めれば自然に還ることから、SDGsの観点からも再び注目を集めている。

2頭のお蚕さまが一つの繭をつくり、0.2~0.3%の割合で現れる玉繭は、扱いにくいこともあり、廃棄されてしまうことも多かったと聞く。「岡谷シルク」では、この個性的な生糸を使ったシルクの壁クロスやランプシェードなど、「空間の中のシルク」にも力を注いでいる。自然が織りなす独特の模様を描くシルク越しの光は、目にやさしいやわらかな明かりとなって、癒しの空間を演出している。

とても長い時間と手間、人の手を要する国産絹は高価になりがちで、だからこそ、品質の良さを実感して、長く愛用してもらうことが大切になる。「毎日身につけていたら、肌が荒れなくなった」。「おうち時間が長くなったので、やさしい明かりの下でリラックスしたい」。そんな風に、暮らしに寄り添う、なくてはならないモノとなっていくこと。「岡谷シルク」の未来は、そんな身近な幸せにあるのではないだろうか。

日本はもとより、世界の観光客を集めてきた岡谷蚕糸博物館も、コロナ禍において、団体の観光客は減少した。それでも、子どもたちの学習活動は活発に行われ、机の上で学ぶだけではなく、「手から手へと技術を継承する」ことも大切にしているとうかがった。最近では、自分の手で糸を繰り、マスクを作るワークショップも行われ、子どもたちは糸繰りの楽しさをその手で覚えた。そして、1枚のマスクを作るために、およそ45頭のお蚕さまが必要とされることを学び、改めてその価値を実感したはずだ。博物館では、春と秋に2回ずつお蚕さまの配布もしていて、子どもたちに実際に飼育をすることを推奨している。自分の手でお蚕さまを育て、吐き出した糸で繭が作られるのを目にする。そういった生態の観察や産業の仕組みを学ぶことで、先人の叡智や努力を知り、自分の暮らす都市が「世界一のシルクの街」となっていった歴史を学び、未来へと繋げてくれること。そこには、岡谷蚕糸博物館の切なる想いが込められている。

中国・インド産などの生糸が中心となり、産業として成り立ちにくく、日本全国でも稀になってしまった養蚕農家。だが、ここ岡谷には、今年で3年目を迎える、まだ新しい養蚕農家が1軒あると聞いた。自然災害が増え、これからも困難な道のりが続くであろう養蚕業。それでも、「糸都岡谷」の伝統を未来へと繋ぐために立ち上がった人々がいたことに、限りない希望を感じた。アカルイミライへの道は、ここから始まる。


岡谷蚕糸博物館(シルクファクトおかや)

〒394-0021 長野県岡谷市郷田1-4-8
Tel. 0266-23-3489 Fax. 0266-22-3675
■開館時間 午前9:00〜午後5:00
※宮坂製糸所、まゆちゃん工房は9:00〜12:00、13:00〜16:00
■休館日 毎週水曜日(その日が祝日の場合は開館)祝日の翌日、12/29〜1/3、その他臨時休館日あり
■ホームページ http://silkfact.jp


取材・文 嶋田 桂子  KEIKO SHIMADA

コピーライター・ライター。文化服装学院 ファッション・エディター科卒業後、広告制作会社勤務を経てフリーランスになり、多くの広告媒体に携わる。得意分野はファッション、ビューティ、百貨店、ギフト、フード、会社案内などで、取材・インタビューも手がける。「26の物語で紡ぐ日本の絹」の執筆も担当。