


近代化を支えた生糸の港町 横浜の過去

世界への旅立ちを支えた港湾都市 横浜の現在

“日本資本主義の父”と呼ばれ、2024年に発行される新一万円札に肖像画が採用される渋沢栄一が設立に尽力した富岡製糸150年近く前に完成した建物に一歩足を踏み入れると、そこに広がっているのは、神秘的に輝くガラスの部屋。新しいカタチとなって2020年にグランドオープンを迎えた富岡製糸場の西置繭所は、まるで過去と未来が重なり合うかのような印象で注目を集めている。世界遺産でもある国宝の大胆な再生についてうかがった。場。その圧倒的なスケールの工場は、外貨獲得とともに、日本の近代化を推し進めることを目的とした明治政府のモデル事業でもあった。生糸の生産にとどまらず、さまざまな側面で文明開化を象徴する唯一無二の文化財について、その歩みを振り返る。
2020年、6年にわたる保存修理と耐震補強、活用するための整備を終え、みごとに生まれ変わった西置繭所は、繰糸所、東置繭所とともに国宝に指定されている貴重な建造物。1872年に建てられた長さ約104メートルの「木骨煉瓦造」の建物は、創建当時の外観はそのままに、建物内部に歩を進めると、国宝の中にガラスの部屋があるという驚きの空間が広がっている。産業遺産の保存・活用としてドイツなどで多用されているハウス・イン・ハウスという建築方法で、西置繭所では耐震補強の鉄骨を骨組みとして活用しながら、壁と天井がガラス製のシースルーになっているので、昔のままの木骨構造や当時の様子を伝える壁面などを観察し、体感することができる。一見、思いきった保存整備に見えるが、建物の維持と安全性、効率的な見学を追求した様式であることがわかる。それになりより、美しい!150年前の木骨と現在のガラスが重なり合うことで、時の流れを実感させる稀有な空間となっている。
どんなに歴史的価値のある建造物であっても、外側から眺めるだけでは、その大切さを実感して継承していくことは難しい。再生した西置繭所は、富岡製糸場に関する歴史的資料を展示するギャラリー、エントランス、ホワイエ、多目的スペースが設けられ、国際会議や演奏会、ファッションショー、ウエディングなど、多彩なイベントやレンタルスペースとしての活用が想定されている。
歴史を物語る文化財でありながら、同時に人々が集う新しいスタイルの国宝の誕生。コロナが猛威を振るった2020年5月に完成し、緊急事態宣言が一時的に解除された10月にグランドオープンを迎え、記念式典やイベントも無事開催することができた。困難な時期のスタートとなったが、一年後の2021年10月1日、日本全国の緊急事態宣言と蔓延防止等重点措置が一斉に解除。再び全国から多くの見学者を迎え入れ、未来へ向けての再スタートをきる準備が整った。
「西置繭所では、保存修理、耐震補強、そして積極的に活用するための整備を併せて検討しました。富岡製糸場全体では、今後数十年かけて保存整備を進める計画です」と語るのは、富岡市役所 世界遺産観光部の岡野さん。およそ100棟の建造物があり、30年規模で修繕や整備が進んでいる富岡製糸場は、来るたびに新しい発見がある文化施設。「多くの方々に何度も訪れていただけるよう、その魅力や価値を伝えるための情報を発信していきたいです」。
長さ140メートルの巨大な繰糸所に並ぶ自動繰糸機は、今見ても圧倒的な迫力。1987年の操業停止以来、動いたことはないが、この巨大な機械で糸を繰る動体展示が実現するとしたら・・・そんな夢のような未来が待ち遠しい。
〒370-2316 群馬県富岡市富岡1−1
Tel.0274-67-0075
■開館時間 午前9:00〜午後4:30
■ホームページ http://www.tomioka-silk.jp/tomioka-silk-mill/
取材・文 嶋田 桂子 KEIKO SHIMADA
コピーライター・ライター。文化服装学院 ファッション・エディター科卒業後、広告制作会社勤務を経てフリーランスになり、多くの広告媒体に携わる。得意分野はファッション、ビューティ、百貨店、ギフト、フード、会社案内などで、取材・インタビューも手がける。「26の物語で紡ぐ日本の絹」の執筆も担当。