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再生への道程 碓氷製糸株式会社の未来

養蚕や蚕に詳しくなくても、「小石丸」という名を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。日本古来の純粋種の蚕の中でも、皇居の紅葉山御養蚕所で皇后御親蚕に用いられ、ニュースで耳にすることがある品種。この蚕は新しい品種へと受け継がれ、碓氷製糸で美しい生糸へと生まれ変わっている

その繊細な美しさで正倉院の宝物の復元にも使用された「小石丸」の繭はとても小さく、採れる生糸も少ないため、効率の悪い品種として廃れてしまったこともあった。その小石丸を改良した「新小石丸」は、繭は国産特有の俵型をしていて、生糸は節が少なく繊度ムラがないため、主に高級呉服に用いられるという。日本一の蚕糸県として養蚕を大切に守っている群馬県では、この「新小石丸」をはじめ、特徴ある8品種の蚕を生み出し、県内の養蚕農家によってオリジナル品種が育てられている。

かつては和服や和装小物、高級寝具を中心に用いられてきた国産繭の生糸は、安価な海外産の生糸の普及や化学繊維の進化によって、基本となる養蚕農家が激減し、製糸業に携わる企業も人も大幅に減少している。日本最大規模の碓氷製糸も、最盛期は3,000人の組合員が運営していたが、現在は20数人で株式会社化され、すべての器械が稼働することはなくなっている。時代が変わり、蚕糸業が岐路に立つ現在だからこそ、国産絹の比類ない美しさ、優れた特質を継承していくためにも、新たな分野に挑戦していくことが求められている。

工場長の今村さんが「全部ぐんま200だといいのに」と語った「ぐんま200」は、繭が強健で繰糸の作業もしやすく、生糸が多い品種。節が少なく極めて白いので、和装はもちろん、洋装にもふさわしい応用範囲の広さが特長だ。江戸時代に群馬で育成された「青白」と「ぐんま200」を交配して育成した「新青白」は、薄緑色の生糸。フラボノイドが多く含まれるため制菌性が高く、シーツや毛布などに使用されているという。コロナ禍にあって衛生意識が高まる現在、マスクをはじめ身体に直接触れる製品など、さらなる用途に活用できるポテンシャルを秘めている。これら、オリジナル蚕品種の群馬県産繭を原料とする生糸・絹製品は「ぐんまシルク」と認定され、ゆるキャラの“ぐんまちゃん”が描かれた認証シールを与えられる。こういったブランディングなどの試みが大きな流れとなり、やがて国産絹の認知度アップに繋がっていくのだろう。

絹の新しい可能性として、今注目を集めているのは医療分野。絹は世界中で古くから手術の縫合糸として使用されてきた歴史があり、化学繊維がメインとなった現在も、発展途上国では使用されている。碓氷製糸でも毛髪の10倍程度の太さの医療用生糸をつくってきたが、最近では、毛髪の1/3ほどの極細の糸のオーダーを受けたという。10種類以上の品種の繭を仕入れ、通常50種類もの生糸をつくっている製糸工場だからこそ、高い技術を求めて新たなオファーも増えている。その国産絹が、人工血管など、再生医療の材料として再び注目され、開発が進んでいるという。生体との親和性が高く、時間の経過とともに分解されて生体組織に置き換わり、一定期間ごとに血管を取り替える必要もなくなる。高齢化社会が急速に進む日本にあって、絹が再生医療の救世主になるかもしれない。 古来より大切に育まれ、生活に寄り添い、日本の近代化を担ってきた生糸が、私たちの生命を救う。そして、自然の恵みを活かし、さまざまな伝統文化へと繋がる国産絹が再び脚光を浴びる。そんな未来の兆しは、もう現れている。


碓氷製糸株式会社

〒379-0221 群馬県安中市松井田町新堀甲909番地
Tel. 027-393-1101 Fax. 027-393-1102
■開館時間 午前9:00〜午後5:00
■ホームページ www.usuiseishi.co.jp/


取材・文 嶋田 桂子  KEIKO SHIMADA

コピーライター・ライター。文化服装学院 ファッション・エディター科卒業後、広告制作会社勤務を経てフリーランスになり、多くの広告媒体に携わる。得意分野はファッション、ビューティ、百貨店、ギフト、フード、会社案内などで、取材・インタビューも手がける。「26の物語で紡ぐ日本の絹」の執筆も担当。