純国産宝絹

シルクな人々

伝統的な技法で絹製品をつくる職人や蚕糸絹業の研究者など、純国産絹にまつわる人々を訪ね、シルクとともにあったこれまでの人生についてお聞きします。

2016.11.11 UPDATE


第1回岡谷蚕糸博物館館長高林千幸

蚕品種育成から国産絹の未来を創る人

茨城県阿見町、桑の葉生い茂る道の先に「蚕業技術研究所」があります。ここではさまざまな種類の蚕が育成され、多岐に及ぶ研究活動は長い間日本の蚕糸絹業の発展に寄与してきました。この研究所で嘱託研究員として勤務しながら、皇后さまが御養蚕をなさっている「紅葉山御養蚕所」の主任も務める、代田丈志さんを訪ねました。

   

Profile

1971年、長野県立農業大学校を卒業。同年、財団法人大日本蚕糸会蚕糸科学研究所小平支所に入所。1974年、茨城県阿見町に移転し名称を蚕品種研究所に改称し研究部に所属。1999年、蚕業技術研究所に改称し研究領域の拡大にともない養蚕チーム長に就任。2015年、定年退職。同年、同所嘱託研究員として勤務。2016年宮内庁紅葉山御養蚕所主任に就任。農学博士(東京農工大学)。

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蚕に囲まれて過ごした少年時代

私は長野県伊那谷の出身で、父が農業をやっていて蚕も飼っておりました。家の近所には製糸会社や反物を扱う会社もあり、一年中蚕を見て育つような環境でした。そのため、自分自身もそのような職に就くことを自然と考え始め、まずは嘱託蚕業普及員を目指し勉強していました。この資格は養蚕農家への技術指導をする職業で、稚蚕飼育所や蚕種製造業者の職員として働くことができます。高校生のときに資格を取得し、さらに高度な勉強をするために農業大学校に進学しました。大学卒業後は地元に帰って嘱託蚕業普及員として働くつもりでいたのですが、卒業する年になって財団法人大日本蚕糸会蚕糸科学研究所小平支所から声がかかり、現在の研究所に入所することになりました。

蚕業技術研究所(茨城県阿見町)

蚕業技術研究所(茨城県阿見町)

誰も見たことのない新しい蚕品種が完成するまで

そういったいきさつで1971年の4月に東京の小平支所に入所し、初めに頼まれた仕事は蚕の品種育成でした。品種育成のためには、まず「育成目標」を立てます。例えば、「細い糸をつくる蚕」「丈夫な糸をつくる蚕」というような目標を設定するのです。そしてふさわしいと思われる蚕種をいくつかピックアップして、交配します。選抜された蚕蛾が産んだ10蛾から20蛾を孵化させていろいろな試験や検査をしますが、選抜を始めたときは問題のある蚕ばかりです。今までの研究結果を集め、膨大なデータを参考にして、育成目標を達成できるように蚕の飼育を何度も繰り返します。昔はひとつの蚕種を完成させるために10年ほどかかっていましたが、多くの先輩によって大量のデータが蓄積されていきますから、今はこれより短い期間でできるようになりました。自分の専門分野だけでなく、他の研究者が築き上げたデータや論文も参考にしています。こういった協力関係が結果につながる、ひとりでは絶対にできない仕事だと思います。

「宝絹」はチームワークの賜物

最近では、「宝絹」プロジェクトのために新しい品種の開発に成功しました。西陣まいづるさんの帯の製作用に提供する蚕で、育成目標は「帯の重量が400グラムになる糸をつくる蚕」。通常、帯の重さは800グラムで、半分の重さの帯を作る糸がほしいというご依頼でした。この育成目標を目指して、蚕業技術研究所が保有する蚕品種と独立行政法人農業生物資源研究所ジーンバンクより蚕品種を分けてもらい交配を繰り返し、蚕糸科学研究所で生糸にしていただいて、成功に近づけていきます。なかなか難しい育成目標でしたが、5年をかけ、なんとか完成しました。
現在ではこのように企業様と協力して新しい蚕品種の育成を行っています。これまでは研究と製品販売が目標を一つにして行うことはありませんでした。しかし、それでは生き残っていけない時代になりました。本当にユーザーが欲している製品を考え、そしてそれを実現できる絹を蚕からつくる。メーカーさんと、私のような蚕品種の研究者、そして糸をとる蚕糸科学研究所。このプロジェクトに関わる全員が、エンドユーザーが求める絹製品に向かって全力で努力する。そうすることで今まではなかった蚕が、糸が、絹製品が生まれていきます。これこそが外国にはない、「宝絹」ブランドの魅力の一つではないかと思います。

物館の庭に植えられた桑の木 物館の庭に植えられた桑の木

新しい蚕品種開発のための交配図。研究資料は数十ページにも及ぶ。

皇居・御養蚕所の主任に就任

研究所内のすべての部署を一通り経験し、2015年に定年退職しました。そして今年の4月に、皇居内にある「紅葉山御養蚕所」の主任に就任させていただきました。2014年に開設100年を迎えたこの御養蚕所では、皇后さまが日本古来の在来種である「小石丸」を始めとした蚕をお育てになっています。皇后さまの御養蚕のお手伝いをすることが主任の仕事です。期間中は高校を卒業したばかりの10〜20代の助手さんたちと御養蚕所に泊まり込み、蚕室をきれいに掃除し、蚕種を引き取り、無事に孵化させた蚕を育てます。作業中に皇后さまとお話しする機会があるのですが、長年御養蚕に携わっていらっしゃるので、蚕や養蚕のことにとてもお詳しく驚きました。

物館の庭に植えられた桑の木

蚕に繭糸を吐かせるための伝統的な蚕具「藁まぶし」

第1回 ▶︎