絹の備忘録

『絹の備忘録』では純国産絹にまつわるトピックを書き留めたコラムを更新していきます。

2017.05.27 UPDATE


木々に育まれ木々の中に繭ごもる天蚕の魅力

繊維のダイヤモンドとも称される天蚕糸。林で育てられ、林の中で繭となるこの蚕は、絹の中でも究極の天然繊維といえるでしょう。今では大変希少となった天蚕についてご紹介します。

繊維のダイヤモンド「天蚕」

絹糸の中でも特に質が高く、その希少性から繊維のダイヤモンドとも称されるのが、「天蚕(てんさん)」です。 蚕の葉を与えられ、室内の 繭棚で育てられる通常の家蚕とは異なり、読んで字のごとく、山野に放し飼いにされた蚕が、クヌギ、ナラ、カシワの葉を餌としながら天然の山野の樹に繭を作ります。飼育には十分な日光と餌、そして蚕を作るための健康な木が必要です。さらに蚕そのものがとてもデリケートなため微妙な環境の変化で 繭を作ることをやめてしまうので、揺れや騒音からも守らなければいけません。また蚕を病気から守るため、飼育林の落葉や枯草の焼却、飼料樹や防虫網などの消毒、鳥や昆虫の捕食を防ぐための世話など、飼育には膨大な作業を要します。

天蚕の飼育は天明年間(1781−1789)に現在の長野県松本市穂高町有明地区で始まったとされ、明治の全盛期にはこの地区の半数の農家が天蚕飼育農家となりました。しかしながら、その飼育にかかる手間と、主食となるクヌギ林が減少したことなどから、天蚕の飼育を現在行っている農家は全国でもごくわずかが残るのみです。

このため、現在では着物一 反分の天蚕糸を確保するのさえ容易ではなくなっています 。このように手間ひまかけられた天蚕は繭そのものが艶のある緑色をしており、 糸に仕上げると、伸びがよく、また、糸自体に空気を含むため保温性があります。その特性ゆえ 織りには熟練の技が必要とされ、着物に仕立てると軽くて絶妙の着心地を誇るといいます。天蚕でつくられた着物が「まぼろしの着物」と珍重され、着物好き垂涎の存在であるゆえんです。

上:家蚕糸 下:天蚕糸

●写真・資料協力●

信州大学 繊維学部 梶浦善太教授

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